先日仕事帰りに観てきました。話題の映画、「ドライブ・マイ・カー」。
本ではないのですが、平野さんの「本心」のテーマに通ずるものを感じたのでブログに投稿させてください。
(注:多少内容を書いてしまっていますので、これから映画を観られる方はご承知おきください!)

観終わって帰りの電車の中で、ぼんやりと映画を振り返っていたら、浮かんできたのは平野啓一郎さんの小説「本心」のテーマ、「愛する人の他者性」という言葉でした。相手を理解しているとしても、それは一面に過ぎず、どんなに親しい相手であっても、その人の心のすべてがわかるということは暴力的であって、でも、だからこそ、わかろうと努力して相手と関わろうとする。あぁ・・この映画も愛する人の他者性を描いているみたいだ、とまず思いました。

映画の冒頭、なぜこのシーンから始まるのかな、という疑問がまず湧いたのですが、物語が進むに連れて、その意味がわかります。主人公である舞台俳優であり演出家である西島秀俊さん演ずる家福(かふく)と、その妻、音(おと)との間で交わされている「会話」は「会話ではない」。でも、何か意味があるはず、ということを思わざるを得ません。

その後のシーンでは、この夫婦間の、ある種の奇妙さを感じるはずです。そして、通常の物語展開では、この夫婦間で交わされるのは、きっとこういうことなのかな?という予感が走るわけですが、まったく違う物語展開をしていきます。

その後の展開を見守りつつ、愛する人を愛しているからこそ理解したいという気持ちは、時にゆがんだ感情として抑え込められてしまい、それが出てこないようにと蓋をし続けるのだろうな、と思うわけです。そして、自分の人生は自分でハンドルを握り、見慣れた景色とともに変らない日々を大切に、自分の速度で慣れた道を進み続ける。そうすることで人生はきっと幸せに続くのだろうな、と思いながらも、でも本当にそうなのかという疑問を持ち、どうやってこの後物語は進んでいくんだろう、という気持ちを抱きます。

そして、ある出来事をきっかけに物語は新たな展開を見せていくのですが、ここからの展開はある出来事を巡る謎解きでもあるし、家福が自分の内面へと向き合う旅のようでもあります。そしてその先の物語の展開に重要な役割を果たすのが、若きドライバーである渡利みさきという人物です。

みさきの登場から映画の舞台は広島に移ります。広島で家福は新しい舞台の演出を行なうにあたって、エージェントとの契約で、車の運転はドライバーに任せることをいわば強要されます。家福は拒否するのですが、契約上従わざるを得なくなり、最終的には運転をみさきに任せます。ハンドルをみさきに預けるわけです。みさきの運転技術は素晴らしいということを何度も笑顔でエージェントは伝えますが、家福は、若い女性がドライバーとして現れ、自分の大切な車をこんな小娘に運転させるわけには・・・ときっと思ったのであろう表情を一瞬見せますが、抵抗できない状況だったので、ドライバーに任せる、という意味からか、後部座席に座ります。2ドアのSAABの後部座席に座るのは少し座りづらそうです。きっと家福にとって、後部座席から見える景色は、これまで見たことがない景色だったのだと思います。そして、予想に反して家福はみさきの運転に大きな安らぎを感じます。

そして前半にも登場しているのですが、この後、岡田将生さん演ずる高槻という若き舞台俳優が重要人物として現れます。舞台稽古の後、後部座席での高槻と家福との二人のやり取りはこの映画でもとても重要なシーンのひとつだと思います。

家福の演出する舞台はとても独特で、俳優の台詞の言語はその俳優の母語であり、それが当然のように舞台上で俳優同士の会話としてやりとりが行なわれます。そのための練習方法も独特。言葉を超えてわかりあおうとすることを、身をもって経験することにより「物語」を身体化していく作業であるようでもありました。俳優の言葉は、音声を伴わない手話でも表現されていて、そしてもっとも重要な最後の台詞は手話によって表現されます。この舞台の役者たちも、「愛する人の他者性」を舞台上で体現しているかのように思えました。それが観る人にも伝染していくような。

そして、この映画には、もうひとつテーマとして「委ねる」ということがあるのではないかと思いました。相手に「委ねる」ことによって自分の内面を見つめることができる。その意味で家福にとってドライバーであるみさきの存在はとても大きい。「ドライブ・マイ・カー」は、“Idrive my car”かもしれませんが、“You drive my car”にもなるわけで、それは、自分でハンドルを握らず、少しの間でも他者にハンドルを預けることにより、異なる景色を見ること、そして自分の内面をも見つめることができるのではないかな、と。時には、Could you drive my car?と言ってもいいかもしれないし、そうする必要があるようにも思えました。ハンドルを預け、身を「委ねる」ということ。

映画を観るという時間は、まるで小説を読み進めるようでした。村上春樹さんの短編小説が原作だということですが、その膨らませ方がきっとすごいのだと思います。
そして、シーンひとつひとつを見逃したくないような、そんな気持ちにさせられました。
この映画、上映時間2時間59分って、言ってみればほぼ3時間です。
19:35からはじまって終りが22:45というタイムスケジュールに、きっと途中で眠気に襲われるはずだ、と正直ひるんでいたのですが、物語の展開に心を奪われてしまい、うたた寝することなく、気づけばラストでした。とてもよい映画でした。