10月31日の「『少年が来る』平野啓一郎がひとり語る会」終了後の延長戦で、コルクのささきさんがサラっと紹介された、BTS本の中で分人主義について触れられていた、ということについて書きたいと思います。

ささきさんがこのことをお話されたとき、「え?なんだっけ?」と一瞬頭が真っ白になってしまったのですが、記憶をたどっていき思い出しました。本の中でその箇所を読んだとき、「分人主義について触れられている!」と驚き、感激したことも思い出しました・・・。それにしても、こんな大切なことをうっかりと忘れているなんて、自分の記憶力のいい加減さに情けなくなり、ひどくがっかりしました。

その「BTS本」とは、音楽評論家で文化研究家のキム・ヨンデ氏による「BTSを読む なぜ世界を夢中にさせるのか(2020年,柏書房)」という本です。BTSというK-POPボーイズグループがなぜ世界でこれほど多くのファンを獲得し、ファンを夢中にさせ、そしてなぜこれほどまでに世界で成功したのか、ということを音楽的に、また文化的にも掘り下げるべく、それまでのBTSのアルバムのレビュー、ジャーナリストや文藝評論家などへのインタビュー記事、コラムで構成された全300ページというとても充実した内容の本です。

そして、文芸評論家のシン・ヒョンチョル氏へのインタビュー記事の中で、シン氏が分人主義について言及し、キム氏もその内容に納得し応答します。このインタビュー記事のタイトルは「傷ついた若者のためのメッセージ」というものです。

BTSの代表的な作品の一つに「IDOL」という楽曲があるのですが、シン氏は、この「IDOL」の目に留まったひとつのフレーズを紹介しています。それは、「俺の中に何百人もの俺がいる。今日もまた新たな俺に出会う。どうせ全部俺だから。悩まずにただ走るんだ」というものです。そして、シン氏は続けて「すぐに心に浮かんだのは、日本の小説家、平野啓一郎の『私とは何か 『個人から分人へ』』でした」と語っています。そして分人主義について「一人の人間は『分けられない』存在ではなく、複数に『分けられる』存在である」と説明します。その発言を受けてキム氏は、それは、「IDOL」という楽曲で表現したBTSがデビュー当時から抱いていた問題意識に対する答えだ、と応答します。すなわち、アーティスト、アイドルのどちらかでもなく、両方とも自分だと認め、「たとえなんであろうと、自分らしくあれば自由でいられる」というBTSが考え導いた答えだというのです。

さらにシン氏は、「つまり「私」がいくつか存在すると考えれば、自分をもっとポジティブにとらえられるようになるのです。これは結局「あなた自身を愛しなさい」というBTSのメッセージと重なりませんか?私はそう思いました。」と語っています。

BTSは、2018年に国連総会で若者に向けて行ったスピーチでも、「LOVE YOURSELF」というメッセージを送っています。それは、自分を肯定的に捉えられない若者に対して、自分を愛することの大切さを伝えるBTSからのメッセージでした。自分たちも、そうであったということを含めて、です。

個人として生きることの生きづらさを目の前にしたとき、分人主義の考え方のもと、個人の中に他者との関係性によって生まれるそれぞれの「わたし」という存在をとらえ、それぞれの「わたし」を肯定すること。それがBTSのLOVE YOURSELFというメッセージと通じている、というのが「BTS本で触れられた分人主義」といえるのだと思います。